漫遊写真帳

Category : 小田原古写真

1965年頃 風船で手紙を届けよう

1965年頃小田原城から風船に手紙を付けて飛ばす催事

たくさんの小学生が、小田原城本丸広場に集まっている。これは、風船に手紙を付けて、それを飛ばし、拾った人からの返信を貰うという催しの為だ。中央に旗が見えるが、学校のものだろうか、それとも地区のものだろうか。
今の時代なら、「個人情報が…」とかで、絶対にあり得ないイベントだね。
スポンサーサイト



1955~1958年頃の象のウメ子

昨日、タイの象の画像を眺めながら、小田原城動物園にいた象のウメ子のことを思い出した。
確か古い写真があった筈と、昔のアルバムを引っ繰り返してみた。

1958年頃の象のウメ子
アルバムの前後関係から、1958年頃のもの。
セーラー服姿は、アメリカの海軍兵士だろうか。右に写っている子供は、ウメ子よりも兵士の方に目がいっているように見える。また、父親らしき男性は、それよりも撮影者を見やっているようだ。カメラがまだ珍しい時代だったんだろうね。

1955年頃の象のウメ子
こちらの写真は、それよりも古い1955年頃のもの。
上の写真では金属フェンスなのが、こちらはまだ木製だ。

小田原城動物園ウメ子のいた象舎
ウメ子は1950年、推定3歳でタイから来園し、2009年9月17日未明に、老衰のため息を引き取った。
象舎は、2011年まで保存されていたが、同年3月に解体された。

象のウメ子のレリーフ
今では、象舎があった辺りに、鼻を高々と上げるウメ子のレリーフが残されている。
生きているときは、それが当たり前のように感じているのだけど、いざいなくなってしまうと、寂しく感じるようになるものだね。

覚え書き・・・
ウメ子のエピソード:
ウメ子は、時折お客さんに鼻を使って水や糞をかけるいたずらをすることで有名だった。水や糞をかけた後は決まっていたずらっ子のように走って逃げていた。
(Wikipediaより)

1956年頃の二宮神社

1956年頃の小田原報徳二宮神社七五三
七五三の参拝に、階段を上って行くのは3歳だろう。参拝を終えたらしい子は7歳かな。

小田原報徳二宮神社の七五三
2010年11月、報徳二宮神社、Panasonic LX3。

ちょっとひと休み。慣れない着物で階段は大変だよね。
こちらの写真は最近のもの、と言っても、もう9年前か。

1964年東京五輪聖火リレー

10月14日は、体育の日で祝日だった。
ふた昔前までは、体育の日といえば10月10日。そもそも1964年(昭和39年)のこの日に、東京五輪大会が開催され、それを記念して祝日とされたものだ。それが月曜固定祝日制度によって、今は10月の第2月曜日が体育の日とされている。

1964年東京五輪の聖火リレー
古いアルバムに、小田原市内国道1号線を走る聖火リレーの写真があった。
背景の店は小西薬局。創業1633年というから、江戸時代から続いていることになる。

江戸時代から続く小田原市小西薬局
現在の小西薬局。建物の造りは、昔と変わっていないようだ。正面の看板は、創業当時のものというから凄い。

小田原城で阿波踊り(1965年頃)

開成町で阿波踊りのイベントを見て、確か昔のアルバムに、小田原城での阿波踊りを写した写真があったと思い出した。

1965年頃小田原城址公園での阿波おどり
場所は、現在の本丸広場、天守閣下だ。アルバムの前後関係から、1965年頃の筈。
今でこそ阿波踊りは日本中に知れ渡っているけれど、当時は未だ”一地方に伝わる踊り”程度の認識だったろう。もしかすると、小田原に紹介されたのも、この時が初めてだったかもしれない。

1965年頃小田原城址公園に来た阿波おどりの踊り手
天守閣の石垣の下で。背景の植え込みが懐かしいね。

Top